◆ 第6話 ◆
豪がクビになってしまったため、涼が亜湖の担当をすることになった。
みるみるうちに、亜湖がオーダーした写真通りのヘアスタイルになっていく。しかし、相変らず亜湖の表情は暗いままで・・・。
その頃、荷物をまとめた豪が西郷山に最後のあいさつをしようと、フロアに戻って来ていた。西郷山は静かに言う。
「最後に1ついいことを教えてやろう。仮面の上からは、決して“美”はほどこせない。」
「仮面の上・・・?」
意味深な西郷山の言葉。豪はふとポケットの中にある白いハートの髪留めを見つめた。
浮かない顔をしている亜湖を見かね、景が亜湖の肩をやさしくマッサージし始める。
「亜湖ちゃん、人はどうして肩が凝るか知ってる?
本当の心を隠して、無理してるからだよ。」
そこへ豪が入って来た。その手には、あの白いハートの髪留めが。
「本当は、つけたいんだろ?この髪留め。」
「・・・・・・・・・。」
しかし、亜湖は俯いたまま黙って、髪留めから目を逸らしている。そんな亜湖の姿を見て、豪は冷たく言った。
「ま、せいぜい楽しんで来いよ、超一流のお誕生日会をさ!」
豪の足音が亜湖からどんどん離れて行く。クビにされてしまった豪は、もうこの店に戻って来ないかも知れない。口が悪くて、ズケズケものを言うデリカシーのない豪。嘘つきだし、ちっとも優しくない。でも・・・行かせちゃダメだ!
亜湖は勇気を振り絞って、豪の背中に向かって言った。
「私、本当は今日行きたくない!今日のお誕生日会、行きたくないの!!」
豪の足音が止まった。涙を浮かべている亜湖と目が合う。
今日のお誕生日会に来るのは1人だけ。ママの再婚相手の有名デザイナーだという。でも、その人は汚い子供が嫌いだから、亜湖は一生懸命キレイにしていなきゃと思っているのだと話した。
「亜湖は嘘つきだよ!でも、嘘の方がいいんだもん!嘘じゃないとマジで悲しくなるんだもん!その方がママも喜ぶし、ママにまで嫌われたら、亜湖おしまいだもん!」
そこへ、亜湖のプレゼントを買いに行っていた小百合が戻って来た。豪が小百合にくってかかる。
「あんた、亜湖が本当に欲しい物がわかってんのかよ!こいつが欲しいのは、超一流の物なんかじゃねぇ!どこにでもある、ちゃんと愛情のこもった物なんだよ!」
豪の手には、あのハートの髪留め。その裏には、小百合の字で亜湖への心のこもったメッセージが書かれていた。小百合の顔色が変わる。
「亜湖、本当のこと言え!いつまでも仮面かぶったままじゃ生きられないんだぞ!
もう嘘やめろ。今日からお前、ちゃんとお前になれ!」
豪の言葉に背中を押され、亜湖はポケットの中から丁寧に折り畳んだ紙を取り出した。
それは、亜湖が自らの手で描いたイメージ画。そこには、あの白いハートの髪留めがちゃんと描かれていた。
「ママ、今日亜湖は亜湖のままで行きたい!この髪留めもつけたい!今までで一番嬉しいプレゼントだったから!」
小百合の頬に一筋の涙が光った。ごめんねと言いながら、亜湖を抱き寄せる小百合。この店に来て、初めて小百合が見せた母親らしい表情だった。
その空気を、西郷山の厳しい声が破る。
「豪、お前はクビにしたはずだ!だからお前にはペナルティを与える!」
亜湖と小百合が並んで椅子に座っている。
「豪、お前は仕事が速いんだろ?時間内に2人できるよな?」
西郷山の言葉に、いつものような不敵な笑顔で応える豪。
「じゃあいくぜ、しっかり掴まってろよ!」
きょとんとしている母子をよそに、豪の声がフロアにこだまする。
「ローリングサンダーーーー!」
突然、フロアに豪風が巻き起こった。稲光と激しいロックのアップビートに合わせて、豪の二刀流のハサミが鮮やかに髪をカットしていく。これこそ、誰にも真似できない豪の必殺技、ローリングサンダーだ!
やがてロックと豪風が止んだ。満足気な顔の豪。しかし、亜湖が自分の髪を1束掴んで言った。
「ここ切るの忘れてる。やっぱ、たいしたことないじゃん!」
「バーカ。意外と覚えてるもんなんだよな。母親に髪を切ってもらったのって。」
豪はそう言って小百合にハサミを渡す。小百合は亜湖の髪を切って、ハートの髪留めをパチンとつけた。微笑ましい母子の姿。やっと2人は素顔に戻ったのだ。
「出でよ!我らが美の女神よ!」
店に入って来た時の、背伸びをしすぎた装いとは違い、ブルーのミニスカートが清楚で可愛らしい亜湖。小百合はピンクのジャケットが、そのやわらかい笑顔を引き立てていた。そして、仲良く手をつないだ2人の手には、おそろいのネイルが。
「今日のミュージックは美しいハーモニーだな。」
ビューティ★ボーイズたちからも、自然と笑顔がこぼれていた。
2人が帰ってから、感動した近藤が豪を呼び止める。
「豪ちゃん、アタシ感動しちゃった!豪ちゃんは、早くに親を亡くしたんでしょう?」
「ああ、アレは嘘。だって俺、嘘つきだもん!」
相変らず生意気な態度の豪。
だが、その顔には、もう仮面をかぶっていなかった。