◆ 第8話 ◆
愛美の爪を真っ黒に塗り、控え室に閉じこもってしまった潤。
鍵がかけられたドアのを叩き、塁が言う。
「おい、潤!開けろ!
大丈夫だ。お前の気持ちは、兄ちゃんが一番よくわかってるんだから!」
ビューティー★ボーイズたちも心配そうに状況を見守る。しかし、そんな中で豪だけはクールだった。
「塁のやつ、潤のこと何でもわかってるとか、俺がいなきゃお前はダメだとか、しつこく言いすぎなんだよ。」
豪の言葉に、愛美が顔をこわばらせたのは気のせいだっただろうか?
潤は必死の塁の呼びかけに、応えようとはしなかった。静まり返っているドアの向こう側。
熱くなり始めた塁に、店長の西郷山が言う。
「鍵はこちら側にない。ドアの向こうにある。
向こうからかけた鍵を、どうしたら開けることができるのか。考えるんだ。」
しかし、塁はそのアドバイスを一蹴し、再び同じように潤に言った。
「大丈夫、兄ちゃんが一緒に謝ってやる。兄ちゃんはお前の気持ち、全部わかってるから!」
「塁兄ちゃんに、僕の何がわかるんだよ!塁兄ちゃんは自分しか見えてないんだ!」
ドアの向こう側から、始めて聞こえた潤の声は怒りを帯びていた。
突然のことに言葉がでない塁。しかし、潤の中から溢れてくる感情は止まらなかった。
「何にもわかってないくせに、いい加減なこと言うなよ!塁兄ちゃんがいたから、僕は自分の意見も言えなかった!全部塁兄ちゃんのせいだ!」
重たい沈黙が、ドアを挟んで2人を支配する。それを見守る小さなアスターの花。
「・・・言いたいことは、それだけか?」
長い長い静寂を破ったのは、塁だった。しかし、次の瞬間・・・
「甘ったれるのも、いい加減にしろ!自分の意見も言えねぇで、自分勝手に鍵閉めて!
そんなヤツはセレブリティにいる資格なんてねぇ!とっとと辞めちまえ!!」
想像もしなかった塁の言葉に、その場の空気は凍りついた。ドアの向こうで、潤の涙が静かに溢れ出す。
フロアに戻って来た塁の震える背中に、誰も声をかけることができなかった。全員が固唾を飲んでいたその時、「ガチャリ」とドアの鍵が開いた。潤だ!
潤が出て来た。やさしいだけの今までとはどこか違う、キリリとした表情で。
そのまま、真っ直ぐな視線で愛美に言う。
「申しわけありませんでした!もう1度、あなたのキャンバスをお借りできますか?お願いします!」
愛美は何も言わずに、潤に手を差し出した。
「どうして出て来たの?」
淡い色に塗り替えられていく爪を見ながら、愛美は潤に聞く。潤は素直な笑顔で答えた。
「僕の気持ちを、ぜんぶ塁兄ちゃんにぶつけて、塁兄ちゃんからもぶつけられて、
僕たちやっと本当に心が通じ合えたからです。」
愛美は、最後にアスターの花を贈ったまま、何も言わずに出て行った彼のことを考えていた。私は彼と心が通じ合えていたのかしら?もしかして、私は自分のことしか見えてなかったのかも・・・。
「白いアスターの花言葉は“信じる気持ち”なんです。」
潤に言われて、自分のネイルを見た愛美は驚いた。そこには、小さな可愛らしいアスターの花が描かれていた。
「お互いに“信じる気持ち”がなければ、心はずっと通じ合えない。」
そう言う潤の笑顔に、自然と愛美も微笑み返していた。
なんて、回りくどいメッセージだろう。でも、あいつらしいかも・・・。
「出でよ!我らが美の女神よ!」
西郷山の高らかな声と共に、カーテンの向こうから愛美が現れた。アスターを思わせる、白くナチュラルなカジュアルスタイル。
「これから、あいつに会って来る。あなたたちみたいに、まっすぐに気持ちをぶつけ合わなきゃね。」
すっきりとした愛美の笑顔の中には、もうプライドの高さも、気の強さも見られなかった。
きっと、彼もそんな愛美の気持ちを受け止めてくれるだろう。
「その美しさよ!永遠なれ!」