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ルクス・ペイン(聖なる痛み) サイレント・シティ 【ラップ オン ザ ドア】 トワイライト スタンド・バイ・ミー  
   
【ラップ オン ザ ドア】 【デジャ ビュ】 【ハイド アンド シーク】 【フェイト】 【ソウルイーター】 【ヴィーゲンリート】  
 
【フェイト】  
 

頭の奥がジ〜ンと痺れるような鈍い痛みを感じる。
夜の闇に浮かび上がる、男の子の小さなシルエット……。
クスクスと笑っているその子を前にして、俺は奇妙な感覚に陥っていた。
馬鹿馬鹿しいと思うが、まるで幽霊を見ているような感じだ。
それほど男の子の出現は、予想外な出来事だった。
俺は影に向かって話しかけた。
「……ねえ君は、この家の人を知っているの?」
どうして囁き声で話すんだ? と心の中の俺が笑う。
男の子は明るい声で答えた。
「うん! お姉ちゃんとは友達! 公園で遊ぶんだよ」


俺はゆっくりと子供に近づいていった。
もちろん怖がらせないためという意味合いもあるが、自分の気持ちを
落ち着かせるためにも、地面の感触を確かめたかったのだ。
白と赤のストライプのポロシャツを着た、可愛い男の子だった。
ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべ、俺を見つめ返している。
「……みんなかくれんぼしているの?」
「そうだよ、お母さんがそう言っていたもん」
「ふ〜ん、そうなんだ」
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』だな。
こんな子供を一瞬でも物の怪と感じた自分が恥ずかしかった。
「それじゃお姉ちゃんたちは、いつからかくれんぼしているのかなぁ?」
「う〜ん……」
男の子は顎に手を当て、考え始めた。
その大人びた格好が、思わず笑みを誘う。
三杉ナオの家族は、どこか旅行にでも行っているのかもしれない。
この子は、母親からそれを「かくれんぼ」と伝えられているんだろう。
ではなぜかくれんぼなんだ?
子供に話したくない内容なのか?
いや、相手は子供だ。
親が適当な冗談を言ったということも考えられる。
一生懸命に答えを探し続けている男の子に向かって言った。
「ねえ、お母さん心配しているんじゃないかな?」
「え?」
「君がこんなところに居て、お母さん心配していない?」
こうなったら母親に直接聞いてみるのが早いだろう。
「ねえ、お母さんはどこにいるの?」
「あっち!」
元気良く男の子が指差したのは、サンタマリア教会だった。


サンタマリア教会では、入り口の扉が開かれ、中からぞろぞろと、
ミサを終えた人々が出てきていた。
男の子は人込みの中に母親を見つけ、走って行った。
母親は『あら、どこに行っていたの!?』と尋ねているようだ。
俺は出来るだけ、怪しげな人物に映らないよう、立ち振る舞いに気をつけな
がら近づいていった。
「どちらさま?」
だが努力に反し、不審者を見る厳しい眼差しを向けられた。
やはり自然な笑みは難しい。
もっと勉強しなければならないようだ。
「お姉ちゃんの友達だよね!」
男の子が勝手にそう代弁してくれた。
「え? 三杉さんの知り合い!?」
「……え、いえ、娘さんとは友達じゃありませんが。
三杉ケイタさんの友人です」
三杉ケイタとは、父親の名だった。
一応、ここに来る途中に家族構成は調べていた。
「あっ、そうなんですか」
母親の表情が柔らかくなった。
どうやら不審者という誤解は解けたようだ。


彼女は子供に待っているよう言いつけ、俺の方に近寄ってきた。
そして声を潜めて言った。
「それじゃ、お葬式のほうには?」
「え? 葬式?」
「やっぱり、あなたにも連絡行っていないんですか?」
「ええ、まあ……」
葬式? いったいどうなっている?
「最近三杉さんと連絡が取れないので、どうしているか心配になって
来てみた次第です」
「そう……。奥さん大変だったみたいだから……」
そう言って黙り込む彼女に、俺は尋ねた。
「葬式って、もしかして三杉ケイタさんが…死んだ……?」
彼女は無言で俺をじっと見つめている。 それが答えだった。


*     *     *
三杉ケイタは、S県に出張中、突然の心臓麻痺に襲われ死亡した。
その悲報を受けた彼の妻と娘のナオは、三日前、S県に向かったのだ。
「なんでも旦那さんの実家がS県だから、そこでお葬式するって
電話では言っていたわ…でも……」
「でも?」
「その後、連絡がまったく……」
そう言って、彼女は表情を曇らせた。
「連絡がとれないんですか?」
「ええ、携帯にも出ないし……。
私だけでなく、みんなにもまったく連絡が無いんです」
「う〜ん、なるほど、そうですか。
急に亡くなられたわけですから、きっと奥さんも、
いろいろと忙しいのかもしれない」
「そうだと思うんですけど……」
「わかりました。それじゃ、ぼくからも連絡してみます。
電話番号教えていただけます?」
彼女の言った番号を携帯に打ち込んだ。
「心配ですね」
「ええ、せめて連絡ぐらいしてくれても、と思います」
「それじゃ、お子さんに『かくれんぼ』と言われたのは」
「突然のことでしたから、仲が良かった御家庭がああなって、
あの子に理解できる時間が必要だと思ったんです……」
俺は頷いた。


「ママー! おじちゃんがケーキ作ってくれるんだって!」
男の子が、スラリとした背格好の男と手をつなぎながらやって来た。
水色のジャケットと、ピンクのブレザー、首には紺色のボヘミアンタイ。
一見したところ、風変わりな作曲家か画家といった印象の男だった。
「あらあら、ダメよシンちゃん。
ま〜た、おじちゃんにワガママ言ったんでしょ?」
「言ってないもーん」
俺は男を眺めていた。
ウェーブのかかった茶色の髪、浅黒い肌に、女性的な顔立ちをしている。
特に印象的なのはその瞳だった。
茜色の瞳は、宝石のようにキラキラと煌き、強い光圧をもって直接心の中に
侵入してくる。一度見たら決して忘れられない。
きっと映画俳優にでもなったら、大人気になるだろう。
そんな強い印象を与える男だった。
「おや、君は……?」
男は、少し驚いた表情を浮かべた。
「三杉さんの旦那さんの知り合いの方なんです」
なぜか俺を紹介する時、彼女は密会を見つけられた少女のように、
バツの悪そうな口調に変わっていた。
「三杉さんの知り合い? ふ〜ん、なるほど君がね」
少し顎を上げたキザっぽい仕草で、俺を眺めている。
その様子が、男の子が顎に手を当て考えていた姿と重なって見えた。
「俺になにか?」
「如月の名探偵と噂される人物が、どんな人間なのか興味あってね」
「…………」
「ふふっ、そんな怖い顔で見つめないでくれないかな?
名探偵の君にそんなに見つめられたら、
ぼくの悪事が、すべて明るみになってしまうような気がする」
「……探偵!? どういうこと?」
彼女の表情が、見る見るうちに変化していった。
俺に騙されていたことに気づいたからだ。


「い、いや、三杉さんとは…会社の同僚で……」
こいつと、以前どこかで会ったか?
まさか、そんなわけはない。
職業柄、一度出会った人間は覚えている。
それに彼ほど個性的な人物を忘れるわけがなかった。
彼の次の言葉が、それを証明していた。
「お互い、初対面だったね。ぼくの名はグレアム・ミラー。
この教会に居候している身だ」
グレアムはそう言って、親しげな笑みを浮かべた。
「ああ、そうそう、一応職業はスパイにしておいて欲しい」
「ス、スパイ!?」
「ま〜た、スパイだなんて。グレアムさんってほんと冗談ばっかり」
彼女は笑い出した。
「いつもこんな調子なんですけど、気になさらないでね。
グレアムさんは、本当に立派な宗教学者なんです。
古代アラム語やギリシャ語にも堪能で、原文で私達にいろいろ
教えて下さるんですよ」
彼女の表情から怒りが消え去り、にこやかな顔に変わっている。
奇妙な感じだった。
まるで酒にでも酔っているような、急激な感情の変化だ。
もしくは、完全に心を奪われた恋する娘だ。
「君は鏡キョウスケ、4区のディープ・シーで探偵業を営んでいる」
答えようのない問いかけ。
「弱きを助け、悪を挫く正義の味方。 ドラゴンを倒した不死身のジークフリート。
いや遍歴の騎士、ラ・マンチャの男とでも言えようか。
永遠なるものを探し求める、気高き人物なのは間違いない。
ぼくは、そんな君を尊敬している」
俺はグレアムという男の正体を図りかねていた。
こいつが何者で、何が目的なのかわからない。
グレアムは目を閉じ、残念そうに首を振った。
「だが探偵とスパイ、古くからこの二つは宿敵同士だからね。
決して交わることが無いのが、残念で仕方がない」
「……失礼だが、ぼくが探偵だなんて、かなりの空想癖が
あるんじゃないかな?」
「アハハ、そうだね。よく子供達からもそう言われている。
だが空想が時に真理へと辿り着く。科学の世界ではよくあることだ」
長居をすればするほど、状況が悪くなるのは確かだった。
俺は話を早々と切り上げることにした。
「それじゃ、夜も遅いし、ぼくはこれで」
俺は最後に彼女への挨拶を忘れなかった。
騙したという負い目もあってだが。
「ありがとうございます。もし三杉さんと連絡が取れたら、
あなたにも必ずお知らせすると約束します」
彼女から答えを聞く前に、俺は立ち去った。


しばらく進むと、背後からグレアムが声をかけてきた。
「気をつけたまえ。夜の闇は果てしなく深い。
魂の平安を求めるなら、闇に目を凝らさず懸命に進むことだ。
君が家路を迷わないよう、神に祈っておくことにするよ」
ふざけるな。俺は振り返らずに、心の中でそう叫んだ。
心の深いところで渦巻く不安が告げていたのだ。
何の根拠も無い、戯言だと自分でもわかっている。
だが探偵の勘とも言うべきものだ。
奴は何かを知っている。
三杉ナオは葬式で忙しいだけかもしれない。
普通に考えればその意見が正しい。
しかし違う。奴に出会わなければ、そう思っていた。
俺はきっと明日、嫌な一日を過ごすはずだ。
三杉ナオと彼女の母親の身に何かあった。
もし間違っていたら、俺は探偵を辞める決心をしていた。



To be continued