ショートストーリー

Gの一日

Gランクとは――
ネオ・コミュニケーション法における国民の格付けにおいて最底辺のランクである。
人口のわずか3%に満たない彼らは、ゴミ、ゴキブリ、ゴクツブシなどと呼ばれ蔑まれていた。
これは、そんな最底辺に数えられるとある人物の『真実の姿』である。



底辺の朝は早い。

まだ人が起き出してこない早朝五時過ぎに俺の一日は静かに…………終わる。
つまり今から寝るというわけだ。

夕方から夜中までバイトをして、帰宅。
そして夕食の後にだらだらとテレビを見つつネットサーフィンをしていると、
いつの間にやら日付がかわっている。
すると深夜のアニメ実況タイムがはじまるのだ。

だいたい最近の深夜アニメは一時以降に二作品立て続けに放送される。
下手をすればチャンネルがかわって三作連続だ。
そうして気づけば午前三時過ぎ。

さっき見たアニメについてツイイッターで感想を検索したり、
某巨大掲示板に書き込んだりしているとあっと言う間に五時というわけだ。

ゆえに、俺たち底辺の朝は早い。
朝寝て、夜起きるという昼夜逆転だから早いもなにもないのだが。

「さあ、寝よ寝よ」

深夜の充実した趣味の時間を過ごしこのままたっぷり昼まで寝てやるのだ。
そして起きたらメシを食って、
またダラダラしてバイト行って適当に働いてまた帰ってメシ食って……。

ああ、なんて充実した一日だろうか。
これだから気楽なフリーターはやめられない。

というわけで、今度こそおやすみなさい。

………………
…………
……


ピンポンパンポーン♪

唐突に、アパートの外から鳴り響いてくる音。
お決まりの気の抜けるような音階で、おまけに大音量。はっきり言ってうるさい。

『おはようございます。政府広報です』

今度は女の声だ。
街中のいたるところに設置されたスピーカーから、聞こえてくる。

『充実した人生は健全な生活と温かいコミュニケーションからはじまります。
まず「おはよう」と声をかけてみましょう。
それでは本日のランキングを発表します。まずはFランクから――』

「くそっ、こっちは今さっき寝たところだぞ! 余計なお世話だっつーの!」

ネオ・コミュニケーション法とかいうのがはじまって以来、
毎朝この時間になるとこの迷惑な放送が垂れ流されるのだ。
俺のような昼夜逆転生活をしている人間にはいい迷惑だった。

睡眠妨害の他にもこの政府広報ってやつは俺たち底辺の人間を不快にさせる。
そいつがこのランキング発表だ。
正式名称は国民充実度総合評価ナントカカントカって名前らしいが、
みんな『リア充ランキング』と呼んでいた。


めまぐるしく変わるツイイッターのフォロワー数が集計され、毎朝十時に結果が出る。
放送ではトップのリア充どもが華々しく紹介されていた。

〇〇さんがAランクに昇格しました。
〇〇さんに恋人ができました。
充実度が一定値を超えたのでBランクに昇格です――

聞きたくもない他人の幸福な人生を見せつけられて朝から気分は最低を通りこして最悪だ。
遠回しに「おまえたちも見習えこのクズども」と言われているみたいだ。

そしてスマホを見れば、ご丁寧に俺の現在のランクが通知されている。

「……Gか」

発表すらされない最底辺のGランク。

ゴミのG、ゴキブリのG。

世間ではそんな風に言われているらしい。

「ま、どうでもいいけど」

人生あきらめが肝心だ。
欲張らなければ底辺でも案外気楽に生きていける。たぶん。

さて、中断されていた睡眠に戻ろう。
つーか、寝て数時間で起こされるのって一番キツいっつーの。
こうなったらもう夜までテコでも起きないからなー。

『つづいては緊急のご連絡です。
EランクならびにFランクの人数が増加しており、住宅不足が深刻化しております。
まことに申し訳ありませんが、Gランクのみなさまには
一週間以内に現在の住居を退去していただき
政府指定のアパートへの転居をお願いします』

「なにいいいいいいいいいいいいいっ!?」

俺は慌てて飛び起きた。
つーか、寝ている場合じゃない!
今のアパートを出て行けだって!?
しかも一週間以内に!?

俺は大急ぎでスマホに届いた政府からのメールを確認する。
そこには転居可能なアパートのリストが記されていた。

「家賃4万、築40年、風呂トイレなし……
家賃5万、築35年……家賃4万2千円、築50年……
どれもこれも今のとこより古くて狭いうえに家賃が高いじゃないか!」

家賃3万5千円でユニットバス完備、ちょっと狭いがバイト先のコンビニから近くて
お気に入りのアパートだったのに。
そこを追い出されて条件の悪い部屋に無理矢理住まわされるのか!
こんな横暴が許されていいはずがない。抗議だ。断固抗議せねば――

「それができたら苦労しないよな……」

フォロワー数一桁の俺の主張なんて誰もとりあってくれない。
文句があるならフォロワーを増やしてランクを上げろ。
それができなければただのゴミで底辺だ。黙って言うことに従え。
それがネオコミュ法の名の下に管理されているこの街のルールだ。

「はぁ……最悪だ……」

眠気も吹っ飛び、気分はただただ落ち込む。
いっそのこと落ちるところまで落ちてしまえば楽になるのかもしれない。
Gランクよりもさらに下のノーランク。
家も仕事もアカウントもない、生きているけど生きていない――
そんな連中がこの街のどこかにいるっていう噂だった。

「い、いや、ヤケになっちゃダメだ。
こういう時こそ『あの子』のツイイートを見て元気を出そう!」

俺はスマホを手に取ると、慣れた手つきでツイイッターを立ち上げる。
お気に入りに登録した公式アカウントやbotの中から一つのアカウントを選んで開く。

「えーと、新しいツイイートは……あった! なになに……」

――おはようございます! 今日もいい天気。
ベランダで育てているパンジーがやっと花を咲かせました。とっても嬉しいです。

ツイイートには小さな花の写真が添付されていた。
朝露が残る花びらに朝の日差しが反射してキラキラと輝いている。
それはまるで、このツイイートを書いた人間の心を映したかのようだ。

……ちょっと言い過ぎたかもしれない。
だけど、それくらい俺にとっては心洗われる存在なのだ。このアカウントは。

――小さな花も、一生懸命生きているんですね。私も見習わなくっちゃ。

「うん、俺も見習おう」

引っ越しもしよう。家は狭くなるけど、掃除が楽になると思えばラッキーだ。
バイト先から遠くなるけど、運動不足解消にはちょうどいい。
家賃は……見なかったことにしよう。

「無駄遣いをやめないとな……」

あまりできる気がしないけど。

「とにかく、精一杯生きるんだ……!」

Gランクはゴミ、ゴキブリのG――

小さな虫みたいな存在だと言われてもくじけずに生きていくしかない。
今日も最底辺の一日は最低で最悪の中からはじまるのだった。
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